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1年

201010121333000.jpg


昨日父の1周忌(うちは法事をするときは神道なので1年祭)を
済ませてきました。
あれから1年、早かったなー。
なんだかわけもわからず、気がついたら季節だけが一巡して
しまったしまった気がします。
(来年の年賀状は、まだ書けそうな気がしません)


この1年間、折にふれ父とのこと、闘病のこと、最後の日々のこと
など思い返したりしていますが、そのたびに父がすごい人だった
という思いを深くしています。

最近になって、私はこれまで父の死をどこか「負け」のように
感じていたことに気づきました。
闘病中父がよく「がんに勝つ」というような言い方をしていた
のですが、私も次第にその思いが強くなっていたために、
病気に勝てなかった=負けた、と思うようになっていたのかも
しれません。


でも、今になって思うと、父は病気発覚時点から3年生存する
ことにすごくこだわっていたし、当初からそれが目標だったのかな
と思わせる部分もあったので、だからもしそうであれば、父は
一応の目標を果たせて満足だったのかもしれない。
だから父は病気に負けたんじゃない、父は負けたから死んだのでは
ない、と今は思い始めてます。


そもそも死ぬことは負けではありませんよね。
死はすべての人間に等しく約束されている唯一のことですから。
でも、誰でも知っている当たり前のことでも、感情が大きく
揺さぶられているときには、やすやすとひっくり返ってしまう。
人の感情(自分のことだけど)は複雑で勝手で、そして滑稽だなあ
と思ったりします。


父のことも少しずつ振り返り、思い返し、そのとき感情が
都合よく感じていたことを修正したりしていったら、いつか
ゆっくりと心の中の落ち着く場所に落ち着いていくのかなと
思っています。



http://bachflower-remedy.jp
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